• アンコンシャスバイアス研究所

EGAKU~絵を描く体験をとおして

アンコンシャスバイアス(無意識の偏ったモノの見方)が自分にもあるということを体感してもらうために、アンコンシャスバイアス研究所では、様々な体感ワークを用意して、伝えている。


例えば、次のような質問もその1つだ。


「若く見えますね!」と言われたら、あなたはどう思うだろうか?


うれしいという人もいれば、

悲しいという人もいれば、

若く見えるだなんて失礼だ!と怒る人もいる。


何も感じないという人もいれば、

誰に言われるかによるという人もいる。

同じ人でも、昔はうれしかったが、今は嬉しくない。

同じ人でも、昔はイヤだったが、今は嬉しい。

といったように、実に様々だ。


何が伝えたいかというと、「同じモノを見ていても、同じ言葉を聞いても、人によって解釈は様々である」ということを、色々なワークをとおして体感することで、良かれと思ってのひと言が、相手を知らず知らずのうち傷つけているかもしれないということに、心を寄せてもらうということを大切にしている。


前置きが長くなったが、「アンコンシャスバイアス」を、ARTをとおして体感するという、本当にステキなワークショップに参加したので、今日はその体験をご紹介したいと思う。



●「歓 -Pleasure-」をテーマに絵を描く


株式会社ホワイトシップが提供する「EGAKU」は、2つの視点から自己表現を楽しむワークショップだった。


絵を見て感じる”鑑賞”

絵を描いて楽しむ”創作”


その日は、「歓 -Pleasure-」というテーマをもとに、クレパスを使って、画用紙に絵を描いた。


その時々でテーマは変わるため、何回も参加している人もいた。年齢層も様々で、学生もいれば社会人もいた。


私は、久々に触るクレバスの感触にワクワクした気持ちにスイッチが入る。


「歓 -Pleasure-」というテーマから、自分のイメージを膨らませていく。

私にとっての歓びって何だろう?



・誰かと分かち合うこと

・歓ぶためには、逆(悲しみ)も必要だということ


その2つが、私の歓びというテーマから導き出した描きたいモノになった。そして、画用紙と向き合ったが、ワクワクとした気持ちは一転して曇っていった。



どう描けばいいか分からない!



分かち合うって、どう表現するの?

歓びと悲しみの対比って、どう表現するの??


画用紙は泥沼のクレパスの渦に飲み込まれていった(笑)

そうして出来上がったのが、真ん中の作品である。



ぜひ私のだけでなく、3枚それぞれを鑑賞してみてほしい。


・どんな思いを作者は持っているのか?

・この作品から何を感じるだろうか?

・この作品のテーマは何だろうか?


1つ1つの絵を感じてから、下へと読み進めていって頂ければと思う。





1つ1つの絵に対して感じたことを、自由に言葉にしてみるという「鑑賞」という時間をとおして、同じモノをみていても、様々な感じ方があることに、驚きをもって気づかされた。


同じテーマでも、様々に描かれること。

例えば、「歓びというテーマなのになぜこんなにくらい色遣いなのか?」と心のなかで思ったなら、それは、まさにアンコンシャスバイアスなのだ。




●となりのひと


ワークショップに一緒に参加していた他の方々が、私の作品(真ん中の作品)を鑑賞して思った事を共有してくれた。


・沢山の歓び  ・仲間

・混じり合い  ・くじゃく

・宇宙     ・好奇心

・つながり   ・独特な甘い香り

・毛糸にくるまれてる

・深いところから湧き出る温かい感情


不思議と、描いた元にある思いが伝わるものなんだと思った。

描きたかったキーワードが何個かあがっている。

自己表現の先で伝わる嬉しさを感じた瞬間だった。



作品タイトルは、「となりのひと」

今は、私の家の壁に飾ってある。




代表理事の守屋の作品は、一番左のコチラ。

何とアーティスティックな・・・!

タイトルは「出逢い」



理事の太田の作品は、一番右のコチラ。

タイトルは「あふれんばかりの情熱!」



EGAKUに参加した翌日、MyPageに作品をのせましたとの知らせがきた。なんだかとってもうれしいサービスだと思った。そして、ここからが「笑い話し」となる。


守屋は13年前の2007年に参加したことがあり、太田も2012年に参加したことがあるというので、過去の作品情報をWEB上で見せてもらった。すると、、、




これは、2007年に「誘惑」をテーマにEGAKU体験をしたときの守屋の作品。

タイトルは、「出会い」。

漢字こそ違えど、2020年の「出逢い」と、同じだったという嘘のようなホントの話し。



これは、2012年に「働くうえで大切にしていること」をテーマとした太田の作品。

タイトルは、「あふれる想い」

2020年は、あふれんばかりの情熱だから、同じく「あふれている」(笑)



ふたりとも、すっかり過去の作品のタイトルを忘れていたとのこと。

二人ともまるでブレがない!!




● 自己表現は楽しい?苦しい?


私が自己表現の楽しさに気づいたのは、社会人になってからだった。学生の時は、どちらかというと「自己表現は恥ずかしいこと」として捉えていた。人と違った表現をしてしまうことが、間違いという思いが強かったからだ。”普通”という枠組みの中にいることが、学生時代の私の心の安心だった。



アンコンシャスバイアスに気づくKEYWORDのひとつに「普通は***だ」がある。



私は社会に出た時に”普通”という枠組みにいることが急に苦しくなった。なぜなら”普通”という枠組みは、幸せの多様性を奪うからだ。アンコンシャスバイアスという概念とであって、その理由が今はよく分かる。アンコンシャスバイアスは相手に対してだけではなく、自分自身に対してもある。生き方やあり方やキャリアなどにも影響している。


私の場合は、自分の幸せの多様性を”普通”という枠組みに従う事で、自分で自分を苦しめていたのだ。「普通なんて関係ない!”私”で生きていいじゃないか!!」

そう思うようになってからは、自己表現を探求する日々だった。


ただ、自己表現の方法が分からなかったり、上手くいかないと、それはとても苦しい日々となる。そういった時間を数年、私は過ごした。今でもその苦しみは少なくなったが無くなりはしない。


EGAKUでは、”芸術家の苦悩”がそれであると、最後に伝えていた。分からない、表現しきれないもどかしさ。その苦悩と共に、芸術家は常にあると。最高の自己表現が出来たなら、それはとても幸せな瞬間に違いない。



●さいごに


私は、ヨガインストラクターとしても活動している。

「自分が解釈したヨガを、いかに伝えていくか」という自己表現能力。インストラクターは、知識だけでなく自己表現力も必要になるのではないかと。


私は、ワークショップの最後の方で、「鑑賞」ということに面白さを見出していた。

”つながり”というキーワードを黄色から感じる人もいれば、緑色から感じる人もいる。一人ひとりの解釈があり、そこには、正しいも、間違いもない。絵を描くこと。絵を鑑賞すること。この2つの体験をとおして、「解釈に多様性がある」ということを認識することは、アンコンシャスバイアスの「私たちは、解釈の世界で生きている」というメッセージと重なるものがあった。


もしかしたら、「生きる」も同じなのかもしれない。

生き方というのを死ぬまで模索して、自分の歴史を描き刻んでいき、最後は”人生”として作品を残す。まさに、「ひとり、ひとり」なのだと。



人生をどうEGAKUか。



そんな事を、描いた時間を振り返りながら思う。






【ライター】井上まい(アンコンシャスバイアス研究所 事務局)